112信 ビル経営管理講座優秀小論文

題名

建物のライフサイクルコスト軽減への一考察

受講番号 : 2001124
氏 名 : 伊東 治男

horizontal rule

bullet 序 論
bullet 第1章 ビル建築、管理についての現状認識
bullet 第2章 ライフサイクルコストを考察するにあたっての前提条件
bullet 第3章 ライフサイクルコスト軽減への提言
bullet 結 論

horizontal rule

序 論

 建物のライフサイクルコストという言葉は平成の初め頃からよく耳にするようになった。
 昭和30年代から建設され始めたビルディング(以下「ビル」という)が老朽化・陳腐化し改修や建替えをしなければならなくなった時期と符合している。 ライフサイクルコストの構成は、ビルを建てる前段階の費用から設計・施工費用、運用・管理費用、ビルが老朽化し解体・処分する費用まで、いうなればビルにかかわる一生の全費用である。
 既存ビルのライフサイクルコストについて、実際に要した費用に関する資料が公表されていないので実態が掴めない、また、ビルが解体されるまでの期間が40年以上と超長期にわたることも一因と考えるが、これではライフサイクルコストがビルを造る際の建築費の数倍になるといわれても実感がわかない。
 バブルが崩壊するまではビル需要が強く、ビルを建築しさえすれば儲かる時代だったので、所有者は、ビルについてさしたる知識がなくても建築業者、ビル管理業者に依存していれば経営は成り立っていたが、バブル崩壊後、土地価格の下落とともにビルの需給バランスが崩れ、運営・管理面がずさんなビルは見向きもされなくなりつつある。 最近ではビル賃貸事業において、所有と経営の分離ということがいわれ始めたが、ビル経営を委託した先任せで、果たしてライフサイクルコストが軽減できるのかどうか疑問を感じている。
 第二の職場に移り、大規模ビルの建築に携わり、ビルの管理、運営、テナントの入退去に伴う内装工事にかかわった経験から、ライフサイクルコストの軽減策について述べる。


第1章 ビル建築、管理についての現状認識

第1節 ビル建築について

 事業主がビルを建築しようとする際、事業主自身が各専門分野に精通しているプロ集団であるならば、分野ごとに個別発注をしてライフサイクルコストを考え建築をすればよいが、そのような事業主は日本国内では極めて限られている。したがって、普通の事業主はごく一部の専門知識は有しているが、大半の分野については素人の域を出ないので、ゼネコンに頼らざるを得ない。
 設備機器についていえば、最近の設備機器類にはブラックボックスの個所があるものがあり、この部分にかかわる故障はメーカーの工場へ持ち込み点検しない限り、修理が難しくなっている。空調方式についてはいくつもの方式があるが、時代とともに変遷しており、性能面の比較はできても今までの使用実績に基づいた耐用年数、経済性、故障率、修理のための部品交換が簡単か否か等について比較するものはない。これでは、設計業者の好み、ゼネコンの経済性で機器を決められても何ら分からない。
 一例をあげると、平成3年秋、スーパーゼネコン(以下A社という)施工のハイグレードな大規模オフィスビルが竣工、空調機器(大手B社製)はA社が推薦、稼働後間もなく空調機のドレン盤からの漏水事故が発生、補修したが解決せず、原因を追及した結果、製品に欠陥があることが判明、改良させて処理をしたが、稼働実績が少ない新製品であることが分かった。この製品は空調機器メーカー側からA社へ売り込みのあった製品で、A社の経済的事情により推薦をしてきたものと推定した。
 このようなケースが業界では日常茶飯事に行われているのではないかと感ずる。

第2節 設計業者、ゼネコンの対応について

 設計業者でゼネコンと対等に太刀打ちできるのは1社のみと言う人がいる、また、設備業者はゼネコンと対等には太刀打ちできないという人もいる。
 ビルを建築する事業主は、一般的にビルのライフサイクルコスト意識を持ち合わせていないのが普通で、これをフォローする立場にあるのが設計業者、ゼネコンではないかと思うが、事業主サイドに立っての提案は少ない。
 例えば、築浅(10年未満)のビルで天井高が2500?しかないすでに陳腐化したビルを見かけるが、どのようなコンセプトで設計業者、ゼネコンが事業主に提案したのかはなはだ疑問を感ずる。

第3節 ビルは分業で作られている

 ビルは生き物であり、構造・躯体、電気設備、空調・衛生設備等それぞれの専門分野を集合体としたもので、各専門分野ごとの分業で成り立っている。この分野ごとのデータをトータルに集め、ライフサイクルコストを明示し公表しているビルは一棟もない。
 既存のビル、現在造ろうとしているビル、将来造ろうとするビルは、それぞれの資・機材、性能等においてかなりの相違があると想定されるので、同列では比較することができないことが原因と考えられる

第4節 建築単価について

 日本の建築費が欧米に比べて単価が高いのは、専門分野ごとの分割発注方式ではなく、ゼネコンへの一括発注方式が原因である。ゼネコンへ一括発注をすると、構造・躯体を除いた各専門分野の設備機器業者を使うので、分割発注方式と比べ発注が二重構造となり、直接各専門分野の設備機器業者へ分割発注をするよりも割高となる。
 スーパーゼネコンは全知全能ではない、確かに長年の実績もありデータも保有しているが、各専門分野の技術は各専門業者に依存している、ゼネコンはすべて利益優先、自社中心で考える傾向が強い。
 建築業界の悪しき慣習として「施工した業者が以降のビル内工事を受注する」ということがあるが、これでは競争原理が働かないし、ビル所有者が設備機器の修理、機能維持のための改良、設備機器個々の全交換(部品交換や修理をしても使用に耐えなくなり、機器を取りかえることをいう)工事をしようと思っても、施工したゼネコンへ発注することにならざるをえない。

第5節 建物の立地環境について

 立地環境によって建物、設備機器の耐用年数に差が出るので、建築する際の地盤(地下水が多い、地盤が弱い等)により個々の対応は違ってくる、新築時にライフサイクルコストが多くかかるか否かが分かるのではないか、基礎工事中に湿気が多ければその対策を建築時に行うのか、保守・メンテ時に行うのか設計業者、ゼネコンから工事の途中でも事業主に対しライフサイクルコストを考えた提案があってしかるべきである。

第6節 ビルを人間の身体と比較してみると

 共通点は、生きている期間はどちらも有限であり機能も似ている。相違点は、人間の身体は新陳代謝ですべてが入れ替わり、新しい活力を維持しながら老化していって終わるが、途中で陳腐化はしない。また、自分で意思表示ができるので、健康であれば健康面をチェックするための費用はかからない。
 ビルは新陳代謝ができないので資・機材が経年で老朽化してくるし陳腐化する。また、稼働し始めると設備機器自体が意思表示できないので、その分ビルと設備機器について日々の点検、専門業者による定期点検をし、不具合個所を見つけてやらなければならないので費用がかかる。不具合個所が見つかると、修理、部品交換、改良をしながら機能を維持し、できるだけ長持ちをさせ、万やむをえなくなると、稼働を一時停止して不具合な設備機器を全交換したうえで再稼働させる。ビルは箱であり内部の空間を活用するものである。
 設備機器関係は、人間に例えれば臓器、動脈、静脈に当たり、光熱水等のエネルギーは食物、水等に該当する。悪いエネルギーを入れれば設備機器は故障等が発生し場合によっては設備機器個々の全交換をしなければならなくなる、これは人間でいうと臓器移植に当たる。

第7節 ビルの造りこみについて

 構造・躯体が老朽化し使用に耐えなくなれば取り壊しとなるが、それまでは、ビルの内外において老朽化がバラバラに進むので、早く老朽化する部分について交換をしやすいような造りにしておく必要がある。特に、稼働エネルギーのうち水の成分が配管、関連設備機器の劣化を起こし寿命に影響を与えるし、電気については高圧線から変電設備により最終的には100Vまで減圧しての使用で、関連機材の負担は多大なものがあるので、この部分にかかわる機器の全交換等への対応は特に留意する必要がある。



第2章 ライフサイクルコストを考察するにあたっての前提条件

 今回は既存の新耐震基準をクリアしている大規模オフィスビル(以下「建物」という)で、事業主が継続して所有、使用目的は建築時と同一とし、税法上の耐用年数は構造・躯体は50年、電気設備、冷暖房空調設備、給排水・衛生設備等の機器、配管、配線類はすべて15年とし、運用、管理面の保全、修理、改良、機器の全交換を中心に考察する。

第1節 建物、建物設備、建物管理の履歴について

 建物、建物設備の新築時の図面は整っているが、改修等が始まってから現在までの修正図面は施工したゼネコンに依存していて、事業主が最新の現況図面すべてを保有しているかどうか、はなはだ心もとない。担当者が代わるごとに対応が代わるのが原因であるが、建築後、設計を担当した設計業者がなぜ、かかわらないのか、理解に苦しむ。 建物管理の履歴記録を10年以上の長期間でみると、各管理を同じ人が最初から担当して時系列にとらえているケースはほとんどないので、どうしてもその場、その場での点としての対応となり、連続した帯として対応ができていないので、履歴記録がきちんと蓄積されていない。

第2節 保守・メンテについて

 個人住宅の場合は設備機器を定期的にメンテはしていない。不具合が出れば専門業者に見てもらい、必要ならば修理をするし故障が続けば設備機器を交換するが、建物の場合は設備機器の使用頻度が高くテナントへ賃貸しているので、稼働中に重大な障害が発生しないように保守・メンテには最大限の注意を払わなければならない。
 建物の保守・メンテ業務は外注に依存するケースがほとんどで、事業主が直接行う電気設備関係を除き日常点検も業者へ委託しているケースが多い。定期点検では各設備機器の保守専門業者に点検をさせて異常がないかを調べさせるが、複数の同じ機器がある場合は平準化して稼働しているかについても点検させる必要がある。
 平準化していなかった事例では次のようなこともあるので、専門業者の言うことを鵜呑みにしてはいけない。新築後3年未満の建物で空調の空冷ヒートポンプチラー(8台装備)について、メーカーの保守専門業者から一部の空冷ヒートポンプチラーをオーバーホールしなければならないと言ってきた。5年未満でもあり原因を調査したところ、稼働システムが2系統で組まれていて、一方への偏り運転が原因であることを突き止めたので、平準化するように手直しをさせ処理をした。

第3節 既存ビルの設備機器にかかわる使用実態調査結果について

 「設備システムの耐久性に関する調査研究(文献1)によると、社団法人建築業協会が昭和60年以来設備機器で構成された設備システム全般の耐久性についての実態調査を始め、平成4年に28物件の既存ビル所有者の協力を得て耐久性調査報告を発表した。
既存ビルは昭和48年以前に竣工した事務所ビル16物件、複合用途ビル6物件、ホテル6物件で、建物規模は平均18,461?、階高平均9.67階、経過年数平均22.1年で、調査はシステム構成要素のうち比較的データの取りやすい主要構成要素を選定し、空調設備20種、衛生設備6種、ダクト・配管・ポンプ類、電気設備については受変電設備・自家発電設備・蓄電池設備について行い、システム構成要素のイメージ年数(新品の構成要素がそれぞれ何年持つかという問いに対して申告があった耐用年数で推定使用年数とほぼ同じ年数)を調査したもので、平均年数は、空調設備全体では22.6年で、主要な設備は熱源設備22.9年・動力制御設備22.2年・ダクト設備28.4年・冷媒設備21.3年・暖房設備21.8年・換気設備23.2年、衛生設備全体では21.5年で、給排水設備20年・給湯設備17.7年・ガス設備22.9年、受水槽・高置水槽・貯湯槽設備はそれぞれ20年、衛生機器・給湯用ボイラーはそれぞれ15年、湯沸し器・計量器はそれぞれ10年、電気設備全体では26.9年で、受変電設備27.3年・自家発電設備23.9年・蓄電池設備14.5年・中央監視設備23.3年・動力設備21.8年・電灯設備18.6年」であった。



第3章 ライフサイクルコスト軽減への提言

第1節 事業主がやるべきこと

 1.事業主はゼネコンに依存しないで構造・躯体、設備機器、配管等すべての現況図面について設計業者を使って管理させ、設計業者をアドバイザーとし建物にかかわる諸工事は、各専門分野の業者へ直接発注する体制をつくるべきである。設計業者へは事業主サイドに立ってのアドバイスを徹底させる。これによりアドバイザー料の支払いが発生するが、直接発注体制が整うのでトータルでは費用の大幅な改善が図れる。
 2.事業主は建物管理の履歴記録についてルールを作り、担当者が代わっても建築当初から継続して記録を保存、活用、習熟させ、設備機器、配管の保全、修理、機能維持のための改良、機器の全交換について専門業者と対等に意見交換ができるようにすべきである。
 3.事業主は社長以下全員が保守・メンテをはじめ建物管理実務全般について十分習得する必要がある、設備機器全般の稼働状況を知り、個々の実務を理解しなければ費用を最小に抑えるにはどうしたらよいかということへの工夫、正確な判断はできない。
 また、管理運営は別会社とせず担当部で行い、間接費の出費を抑えることにより管理経費は軽減できる。担当部は専門の設備管理業者へ業務委託を行うが、その際、日常点検業務のうち軽微な業務については委託業務から除外し、担当部では現場主義を徹底して身に付けさせるために担当者に直接行わせることとする。
 4.設備機器等の軽微な日常点検業務(電気設備、中央監視盤等専門業者へ委託せざるを得ない業務は除く)は「音、振動、臭い、汚れ、水回り、温度、湿度」に変化がなければ問題はないので、経験が浅くてもできる。設備機器専門業者の協力を得て作業手順を定めた点検表を作成し、担当者がこれに基づき実施すれば経費の削減になる。
 担当者に点検結果を時系列で記録、保管、活用させることと、責任と自覚を持たせ、機能維持への配慮と故障の前兆を早期に発見するように努力させれば、実務も十分習得できるし、緊急の場合すぐ対処できるようになる利点がある。

第2節 設備機器専門業者への対応について

 事業主から各設備機器専門業者へ定期点検等により不具合が判明したら修理、機能維持のための改良、機器の全交換等の工事は直接発注することと、設備機器のライフサイクルコストについて、当初から将来にわたる記録を取ったものを営業のために公開してもよいということを確約すれば、業者も営業用の宣伝事例として活用できるのでリーズナブルな価格で工事をし、劣化防止にも努め機器能力の維持と使用可能年数を延長すべく予防保全を行うための修理、改良等の提案を積極的にしてくるようになる。これにより、ゼネコン経由で発注する工事費と比較すると20〜30%は費用軽減が図れる。

第3節 設備機器の全交換時期について

 社団法人建築業協会が行った「設備システムの耐久性に関する調査研究」における各機器の耐用年数を検討した結果、これから全交換する設備機器は調査した機器よりも新しく改良されたものであり、日本の自動車の例をみるまでもなく新しい製品の方が性能、耐久性に優れていると確信するので、耐久性調査における各機器の耐用年限を最低限として機能を維持しながらできるだけ長く使えるように、各機器の専門業者へ努力をさせるべきである。


第4節 建設請負業の免許取得について

 事業主は担当部を作り、60歳以上のやる気とノウハウを持った技術スタッフ(高齢者の雇用対策にもなるし費用も安上がりなのでメリットがある)を揃え、建設請負業(主に内装工事)の免許を取得し、建物内の自社並びにテナントの諸工事をリーズナブルな費用で行うようにすれば工事費が軽減できる。特に自社工事費は免許取得にかかわるスタッフの人件費増を勘案しても現状比20〜30%改善が可能となる。

第5節 建物建築時への対応について

 構造・躯体の寿命に合わせ、個々の設備機器は1〜2回全交換することを念頭にその際費用軽減が図れるような対策を講じておくべきである。まず、天井高は最低2700?とすればOAフロアへの対応もできる。荷重は300?/?以上とし、設備機器を搬出入する際の出入り口、エレベーターの間口・荷重、通路幅の確保をする。設備機器にかかわるスペースは余裕を持たせておく。特にたて幹線のスペースは電気設備関係、給排水関係の配管スペースに余裕を持たせ、時代にマッチした対応ができるようにしておけば建物の陳腐化は防止できるし、追加対応の工事費は軽減できる。
 電気設備関係についてはテナントから求められる通信設備等の機能水準、省エネルギー対応に合わせて設備増設ができるように空きスペースを確保しておく必要がある。また将来、老朽化により電線類をすべて交換する際簡単にできるように予備の配管スペースを確保しておくことも必要である。給湯設備関係については水質、湯温による配管の腐蝕、貯湯槽・配管内部からの金属の溶出等があり、設備機器の中で最初に老朽化が進むことを留意し対処する必要がある。また熱源は防災上電力とすべきである。



結 論

 建物のライフサイクルコストをいかに軽減するかについては、建物の所有者が所有と経営を分離するのではなく自ら経営に深くかかわり、建物は生き物であるということを十分認識し、自らの責任と行動で建物の管理・運営に関する実務を十分習熟し、ゼネコンに依存しないですむ体制を作り、建物が老朽化するまで運用・管理面について創意工夫して直接実務を行うことにより、ライフサイクルコストの軽減が図れると確信する。

文献1 引用文献1 社団法人建築業協会 建築設備部会 建築設備耐久性小委員会  『設備システムの耐久性に関する調査研究(空調設備・衛生設備・電気設備)報告書』(平成4年10月)

horizontal rule